風鳴月~かざめいげつ~

オリジナル創作サークル「風鳴月~かざめいげつ~」のブログ。

タグ:白鹿亭冒険記譚

■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話~春の話□


 窓から差し込む柔らかな日の光に、ローゼルはついと目を細めた。白鹿亭一階の食堂兼酒場で読書を始めてから数時間、没頭している間に客は移り変わり、今はローゼルしか残っていない。読み始めたときに出してもらった紅茶はすっかり冷めきっており、流れた時間を感じさせた。

 図書館に借りた本は、今読み終わったもので最後だった。すっかり手持ち無沙汰になってしまって、ひとりの宿を見回す。夕食の仕込みに取りかかっている宿の亭主を呼ぶのも気が引けて、ローゼルは冷めた紅茶を飲みながらどうしたものかと思案した。

「あれ、ローゼルひとりか」

 宿の二階から降りてきたのは仲間のライハだ。眠そうにあくびをかみ殺しながら、カウンターに座っていたローゼルのところまで歩み寄ってくる。もう昼食時もすっかり過ぎているというのにのんきなものだ。

「ずいぶんとよく寝ていたようで。あなたが起きないから、みなさん方々出かけてゆきましたよ」
「ウェスタリアのことわざにもあるだろ。春眠暁を覚えずってな」

 それにしても寝すぎでは、と思ったものの、昨日夜遅くにひとりの依頼から帰ってきたばかりだったのを思い出したのでそれ以上は言わなかった。ライハはカウンターの中に亭主を探し、奥の厨房を覗き込んでからローゼルに尋ねた。

「親父さん、仕込み中か」
「みたいですね」
「じゃあ、外で食うかな……ローゼルも行くか?」

 ジャケットを羽織って当たり前のように誘ってきたライハに渋面を返すと、ライハは苦笑しながらローゼルの手元の本を指さした。

「それ、読み終わったんだろ。ついでに図書館寄ろうぜ」
「……あなたの食事がついでです。仕方ありませんね」

 つっけんどんに言いながら立ち上がり、ローブを羽織る。返却する本を入れたショルダーバッグは肩にかけようとしたらライハが持ってくれた。そういう、さりげないところに腹が立つ。

「もちろん、私のお茶代はおごってくれるんですよね? 昨日報酬頂いてましたし」
「その報酬はエリータがツケた酒代に半分以上消えるんだが……ま、たまにはいいか」

 ドアを開けると、春の香りがそっと鼻先をくすぐった。あの塔を出てからはじめての春だ。柔らかい日の光、色とりどりに咲き誇る花々に集う蝶々、風に乗ってほのかに香る花と新緑の香り。人々が活気づくのもわかる。春は、美しい。あの頃は、そんなことさえ知らなかった。

「春は、花がたくさん咲くのですね」
「塔の庭には咲かなかったのか? じゃあ、帰りに東の森林公園にでも寄るか。色々咲いてて見ごたえあるぞ」
「ライハがそこまで言うなら付き合ってあげましょう」

 口ではそう言いながら、ローゼルの心は春に踊る。賑わう通りをライハと歩きながら、ローゼルは花が咲くように口元をほころばせていた。


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■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話~屋根裏部屋の温かな日□


 クロは、読書が趣味だ。レイアが不在で修業が休みの日は、家の書庫にある本を片っ端から読む。お気に入りの場所は屋根裏部屋の窓際で、柔らかな日の光を感じながらひとり静かにページをめくるのが好きだった。日光で温められた部屋は心地よく、時折うつらうつらしてしまうこともある。その日もクロは本を膝に載せたままうたた寝をしていたようで、目が覚めたときには肩にブランケットがかけられていた。

 誰が、と思い部屋を見回すと、旅に出ていたはずのライハがすぐ隣に寝ていたので、クロは驚いて膝から本を滑り落した。その音に、彼の長いまつ毛が震えて瞼が持ち上がる。

「ん……あ、クロ、起きたか。はよ」

 あくびをかみ殺しながら上半身を起こして体を伸ばすライハに、クロは咄嗟に言葉が出てこなかったのでとりあえずうなずいた。おはようを返すべきか、おかえりが先か、ブランケットの礼を言うべきか。言葉が喉の手前で渋滞を起こしたように、どの言葉も出てこない。

「お前が気持ちよさそうに寝てたもんだから、つい出来心で横んなったら俺も寝てたわ……屋根裏、いい場所だな。気に入んのわかる」

 銀の瞳を細めて笑った顔が少し照れている。自分の気に入りの場所がライハに褒められたことが嬉しくて、クロの頬もぽっと火照った。

 ライハはそんなクロの頭をわしゃわしゃとかき回すと、再びゴロンと横になった。

「飯の時間までまだあるし、本、続き読むんだろ。俺もいていいか?」

 いていいかもなにも、元々ここは彼の両親の家で居候しているクロには断る理由がない。それに、久しぶりにライハとゆっくりできるのは純粋に嬉しい。

 うなずくと、ライハは柔らかく微笑んで再び瞼を閉じた。旅疲れなのか両親の家で緊張が解けたのか、寝息はすぐに聞こえてくる。クロは肩にかかっていたブランケットをライハにそっとかけ、ぽつりと言葉をこぼした。

「……ありがとう、おかえり、おやすみ」

 聞こえていたのか、ライハの表情が心なしか緩む。

 ライハが起きたらもう一度ちゃんと言おうと心に決めて、クロは本のページに視線を戻した。温かな日の光が差し込むお気に入りの部屋は、隣に誰かがいるだけでもっと温かなものになる。その温かさを心地よく思いながら、クロは本のページをめくった。


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どうもどうも~! 風月或です。ひと月があっという間すぎて困る。
もう少しこまめに書けたらいいんですけどね……書くこともそんなになくてね……


或は本業が古本屋なんですけど、休業要請でここ1か月半ぐらいずっと休業してたんですよ。
その間別の市にある倉庫を稼働させるためにひたすら埃まみれの本棚のパーツを拭きまくったり、本店の方で発送業務や在庫整理をしたり、たまに職場に出勤したり、シフトも勤務先も安定しない感じで仕事してました。いつもシフトは月終わりに次のひと月ぶんのシフトが出るんですけど、4月5月はひと月の間に3回ぐらい変わったりして。
緊急事態宣言は解除されたところもあるみたいですけど、或の地域はまだまだ感染者数も減らないし、もうしばらくかかりそうですねぇ。創作時間が増えたと思っておけばいいのかな……あまり出来てないけど創作……


創作はらくがきばっかりしていて、全然本編とか進められてないです悲しい。
今ひとつやってしまいたいやつがあって、それを終わらせたらハーブレの3話目に取りかかろうかなって思ってます。序盤だけ書いて放置してしまっていたのでサクッと終わらせたいです。

あとは先日掲載した白鹿亭ブログ版ですが、行間開いてる方が見やすいかもとご指摘頂いたので、近日中に手直し出来たらなと思います。
それが終わったら「High and Low!」もブログに載せてしまいたいな。今はちまちまとキャラ紹介用の画像描いてるところです。とりあえず序話は紅介と冷弥と白しか出てこないので、その紹介画像が準備出来次第掲載したいです。

文章を書くクセを取り戻したいな~。書きたい話いっぱいあるので、筆早くなりたいです。頑張ります。


では、前回のらくがきから今日までにTwitterに上げたらくがきをこっちにも。



20200507_山吹はぴば

5/4は拙作「神四路B/W」(かみしろぶらいと)の主人公、今野山吹のお誕生日でした。
絵は誕生日に間に合わず大遅刻だったんですけど、二面性のある山吹の絵を描きたかったので誕生日とは関係ない感じの絵に……
神四路は大筋はなんとな~く決まっているけど細かいところがガバッガバなので、白鹿亭とかH&Lとかの古いシリーズが落ち着いたら本腰入れて練って書きたいところです。



20200517_そーなお

けいなさんとのうちよそ企画「こんぺいとうデイジー」から、宗一郎くんと直ちゃん。通称そーなお。
「こんぺいとうデイジー」はゆる~くうちよそをやってみたかったけいなさんと或でキャラクター案を出し合ってうちよそ組んだやつ。男の子がけいなさんで女の子が或の担当だったんですけど、けいなさんが男の子の案出してきたときに2人出してくれて、しかも2人ともめっちゃ素敵だったんでこっちも2人女の子出したら両方採用になりました。ゆる~くやってます。




20200522_ぜんはな

「こんぺいとうデイジー」のもうひと組、善くんとはな。通称ぜんはな。
善くんはコーヒーゼリーが好物で、けいなさんが「コーヒーゼリー食べてる俺カッコイイ的な」って言ってからめっちゃツボにハマってしまい、一コマ漫画を描くに至りました。
一コマ漫画は最近やってるソシャゲの「テイルズオブザレイズ」で、ロード中に一コマ漫画が映るんですけど、それを参考にしてみました。改善の余地はあるけどこういう小ネタノリ大好きなんでもっと色々描きたいですね。



20200518_キニス

或が10年来ずっとハマっているパソコン用フリーゲーム「カードワース」用に顔グラフィックを描きおろしていたんですが(それは後日別にブログに上げたいです)、キニス・ティッドのグラフィックが雄々しかった?ようで男の子に勘違いされていたのでそんな小ネタ。
白鹿亭主人公の親世代パーティなんですけど、親世代の若かった頃描くの楽しかったです。



20200518_マリアスキニス


続く小ネタ。キニス・ティッドとマリアス・グーテンバード。


白鹿亭読みつつカードワースご存知の方は完全にお察しですが、白鹿亭のメンツは元々カードワースで作成したキャラクターで、それをオリジナル世界観に落とし込んだのが「白鹿亭冒険記譚」なんですよね。イマイチ脱しきれてないんですが。
親世代にもそれなりに設定やエピソードがあるんですけど、ライハたちの軸ではあまり出せないかな……出せるタイミングで出していきたく思います。

キニスとマリアスは同じ「緑風の翼」というパーティで冒険を共にし、のちのち恋人同士になってライハたちの時間軸だと子どももひとりいるんですが、ここは結婚はしてないんですよね。
マリアスはグーテンバード領の領主の息子で貴族でそれなりの身分、対するキニスは孤児院育ちで元はスリとか<猫>の下っ端で情報収集して小銭を稼ぐみたいな生活だったので、マリアスのご両親に結婚が認められなかった、みたいな設定があります。息子のシンには父親の存在は教えておらず、シンはキニスがのちのち継いだ孤児院で他の子どもたちと一緒に育てられました。っていう、設定……。
決まっていることを全部本編に出さなくてもいい主義なので、こういう話をどこまでライハたちの軸で書けるかは分からないですが、降ってきちゃうもんはしょうがないのでメモ程度に残しておきます。




20200523_紅介はぴば

5/23は拙作「High and Low!」のおバカ主人公、荒神紅介(あらがみこうすけ)のお誕生日でした!
Twitterでアンケートを取った結果が「アクティブな紅介」だったので、アクティブを目指して描きました。アクティブとは。
最近はイラストをiPadの「メディバンペイント」で描いているんですが、今回はじめて集中線定規を使いました。イマイチまだ使い方がわかってないけど便利っぽい。デジタルつよい。
アクションは、或が大好きな漫画家さんのおがきちか先生みたいな構図や描き方が理想なのですが、或デッサンがさぁ……あまりさぁ……っていう感じなのでアクション難しいです。頑張ります。

なお、この絵あげるときに背景の色で悩んでたんですけど、一番最初は青だったんですよね。別バージョンはこんな感じでした。


20200523_紅介はぴば色差分

紅介はイメージカラーがオレンジとか赤とか暖色系なので、ちょうどこの時作業通話してたnaluaさんと「いや青じゃないよね、制服も青いし」とか話し合いながら結果オレンジになりました。青は青でスタイリッシュというかエアライド感が出ていいんだけど。イメージカラー的に。青は冷弥に任せましょう。



そんなこんなで、久しぶりに書くと長くなるね!?!? グダグダ書きました。

コロナ禍をみんなで無事に乗り越えられるよう、先日ぺんちゃんが描いたアマビエさんを貼ってお別れにしましょう。


ぺんちゃんアマビエ


ぺんちゃん曰く、「二重顎がチャームポイント」。笑
ぺんちゃんのこういう絵、めっちゃクセになるんですよね……好きだわ……



それではみなさま、またお会いしましょう~!

ひゃ~~、ブログ書くのがすっかり久しぶりになってしまいました……!
どうもお久しぶりです、風月 或です。
なかなかマメになれませんね……!! どっちかっていうとズボラなのですけど、ちまちま書いていきたいと思います。


さて、新型コロナウイルスの影響で生活がみんなガラッと変わったと思います。或もそうです。
具体的に言うと飲み歩く頻度が減り、仕事は明るいうちに帰れる時間の勤務になり、毎日夕飯は自炊しています。
……健康的じゃん!!!!!!


この調子で創作がはかどればいいんですけど……残念なことにはかどるのはゲームでした( ˘ω˘ )
書きたい気持ちはめっちゃあるので徐々にシフトしていきたいところですね。


そういえば、拙作「白鹿亭冒険記譚」をブログに移行したんですけど、どうでしょう?
少なくとも更新してないせいでめっちゃ広告出るサイトよりはマシかな……と思うんですけど……
ブログでOKそうなら、他の作品も少しずつ掲載していきたいな~って思ってます。未掲載の「Hign and Low!」とかね。
白鹿亭は今5話目をようやく……ちょっとずつスキマに……考えてます……ドタバタ遺跡探検コメディ回……遺跡探検コメディと言えば昔「ラグナロクEX.」っていうラノベで読んだトレジャーハンターのティーガー・レヴァールが色んな意味で強すぎたのでなんとか違う方向で面白くなるようにしたいです……ティーガーは強い……


その辺の話で思い出したけど、近いうちYou Tubeを使ってラジオ配信なんかもできたらいいね~って思っています。ちまちま準備中。或のことだから相当のんびり準備すると思うので気長にお待ちくださいね。


あとは、twitterに上げてたらくがきをこっちにもまとめて上げときます。4月分ぐらいだけでいいよね。1枚だけちょっとエッチな絵を描いたんですけど、それは恥ずかしすぎるのでここには載せませんすみません。恥ずかしすぎるので……( ˘ω˘ )


20200415_バニー紅介

白咲景奈さんのイースターに触発されて描いたおバカバニー。
男の子のバニー可愛いですよね……紅介らしい感じに描けた気がします。


20200418_エリータ線画


白鹿亭のエリータ姐さん。線画で力尽きたけどいい感じなので、近いうちに色を塗れたらいいな~。


20200418_ファニー

ファニーです。シリーズとかは決まってないけど、最近白鹿亭の世界観に落とし込めるんじゃないかって思ってます。
ファニーは三白眼・太まゆ・そばかすっていう或の性癖詰め込んだキャラなので可愛いです。


20200424_一ノ瀬さんはぴば

先日twitterのフォロワーさん、一ノ瀬緑青さん(@Temporary_blue)がお誕生日でしたので、一ノ瀬さんのキャラクターさんを描かせていただきました。星間のヴァイオレットの龍之介さんと亮さん。本物もっとカッコイイのでぜひホーム飛んで見てくださいカッコイイです。或は龍之介さんがタイプオブタイプです。


20200430_アンゼリカ

長柄武器はいいよね! っていう話からアンケートを取って、うちの棒娘を描きました。
アンゼリカ・フェルムっていう名前の女の子。祭り屋の舞師。
動きのある絵を描けるようになりたいなって思ってるんですけどなかなか難しい。
でもアンゼは背中が可愛いので描けて満足でした。


こんな感じで、たま~にtwitterのらくがきをまとめていきたいと思います。
ほら、twitterってさかのぼるのに限界あるし、最近ソシャゲのスクショとかご飯の画像とかもよく上げてるので……まとめて見れた方がいいかなって……


最近iPadさんのおかげでめっちゃカラーイラスト描けて嬉しいです。へへへ。
小説も書きたいけどちまちまらくがきしていけたらと思います~。


ではみなさん、栄養と睡眠をしっかり取って、日々乗り越えてゆきましょうね!( ´ ▽ ` )ノ

■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話~とある夏の夜のこと□


 それは、とある夏の日の夜のことだった。

 白鹿亭の二階にある部屋の一角で、ふと、ライハは目を覚ました。静まり返った部屋には他のメンバーの寝息と、かち、かち、と時を刻む時計の音しかない。部屋の灯りは消えており、窓にはカーテンがかかっているため、部屋はほぼ完全に暗闇だった。

 今は何時だろう、とライハはぼんやり考えたが、灯りをつけてまで時計を確認する気にはならなかった。ライハはもう一度眠ろうと、ベッドの上で寝がえりをうった。
 だが、夜とはいえ夏の室内はもやもやと蒸し暑い。ライハはしばらく意地になってベットに横になっていたが、やがて我慢できずにガバリと上半身を起こした。

 だめだ、暑い、寝付けん。仕方ない、面倒だが下で一杯水でも飲むか……

 そう思って、ライハがベッドから降りたときである。
 ふっと、視界の端を何か光が横切った。ライハは素早く目で光を追いかけたが、光はふっと窓のあたりで消えてしまった。
 ライハは追いかけて窓のカーテンを勢いよく引いたが、窓には光の形跡などまったくなく、ただ月明かりが柔らかく窓際を照らすだけだった。



「それってアレじゃない? 怖い話でよくあるヒトダマってやつ」

 次の日の朝、起きたライハが昨晩のことを話すと、話を聞いていたアニスがそんなことを言いだした。ライハはいかにも胡乱げな表情で、アニスを見やる。

「ヒトダマぁ?」
「そ。よくあるじゃない、人が死んだらタマシイだけ残って、ふわふわさまってるっていうハナシ」

 アニスが頬杖をつきながらニヤリと笑った。その隣で、がちゃん、と食器がぶつかる音がした。

「……ローゼル?」

 見れば、顔面蒼白になったローゼルが無表情で黙りこくっていた。ソーサーに置かれた紅茶のカップを両手で包み込むように持っている。その手が濡れていたから、置くときに勢い余ってこぼれてしまったようだ。わなわなと震える手の振動が伝わり、カップはかちゃかちゃと小さく音を立てていた。

「ローゼル、もしかして怖いの?」

 ニヤニヤしながらアニスがつつくと、ローゼルはびくりと肩を震わせて、烈火のごとく怒りだした。

「そっ、そんなわけないじゃないですか! 私はただ、魔術師としてそういった霊的な事柄に反発を覚えるだけで……っ!」
「へーぇ、じゃあ、アタシがこの間聞いた、東区のとある道端で泣いている女の子の話を……」
「そっ、そう言えば私、図書館で調べることがあったんでした。失礼します」

 ローゼルは勢いよく椅子から立ち上がると、ぎこちない足取りで白鹿亭を出て行った。
 残された二人はそんなローゼルを見送ってしばらく無言だった。娘さんがパタパタと小さなかごに盛り付けたクッキーを手に厨房から顔を出した。

「ローゼル、お待たせ……って、あれ?」
「調べ物があるって出かけたぜ」

 ライハは不思議そうな顔の娘さんにそう言って、手の中のかごからひょいとクッキーをひとつつまんだ。アニスも便乗してクッキーに手を伸ばす。
 娘さんは不思議そうな顔のまま、クッキーのかごを二人が求めるままテーブルに置いた。

「ふーん、そうなの……【蒼空】は今日は自由行動なんだ?」
「ファルが教会に週末まで貸し出しだからね。エリータはいい機会だからって飲み仲間のとこに遊びに行っちゃって帰ってこないし」
「んもう、エリータったらまた……クロは?」
「クロなら昨日から母さんに会いに帰ってるよ」

 指についたかすをなめながら答えたライハを、娘さんはじーっと見つめた。

「? 何だよ」
「あ、ううん。こういう時って、ライハの方が一人で依頼に出かけたりするのに珍しいなーと思って」

 娘さんの言葉に、ライハは軽く頬を掻いた。昨日まではライハもそのつもりだったのだが、昨晩の出来ごとのせいでそんな気分ではなくなってしまったのだ。

「……ま、たまにはのんびりするのもいいかと思ってな」
「あまりにのんびりすぎて退屈だけどねぇ……ふあー、アタシもちょっとギルドに顔出してこよっかな。暇で仕方ないや」

 くうっ、とひとつ伸びをしてアニスが立ちあがった。ひらりと手を振ってドアの向こうに消える。

「……さてと、俺は昼寝でもしてくるかな」
「あ、ライハ」

 立ち上がりかけたライハを呼びとめて、娘さんがずいと手のひらを出した。

「?」
「クッキーのお金、払ってくださいね」



 その日の晩、白鹿亭で床についたメンバーは、結局ライハとローゼルだけだった。アニスはギルドから戻ってこなかったし、クロは今日もウェルズ家に泊まっているのだろう。エリータは夕方頃すっかり酔っぱらって顔をのぞかせたが、またすぐに飲み仲間とふらふら出ていってしまった。

 そんな夜半過ぎのことである。またもや、ライハはふと目を覚ました。今日こそ寝付こうと思うのだが、昼寝をしたせいか、すっかり眠気は覚めてしまっている。仕方ないのでベッドにあおむけに寝転がったままぼんやりしていると、頭上を昨晩のような光の玉が、ぼうっと漂っていった。

 ライハは昼間のアニスの話を思い出して一瞬身を固くしたが、まさか本当にヒトダマなわけはあるまい。少なくともライハはヒトダマを信じてはいなかったし、それより怖いものも知っていた。今更ヒトダマごときビビってなどいられない。

 今日こそ逃すかとライハが勢いよく身を起こしたその時、傍らでふっと息を飲む気配がした。見れば自分のベッドから起き上がったローゼルが、夜闇にも分かるほど蒼白になった顔でふわふわと漂う光の玉を見つめていた。

 ライハは得物を手にベッドから降りると、ドアの方へ漂っていく光の玉を追って歩き出した。背後でバサリと音がして、きゅっと袖を引かれる。振り返れば、ブーツをつっかけたローゼルが睨みつけるようにライハを見上げていた。怖かったら残ってても良いんだぞ、というようにライハが小首をかしげると、ローゼルはぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。

 ライハは息をつくと、ローゼルと共にドアの向こうに消えた光を追った。部屋を出、階段を下り、静まり返った酒場を横切る。そのままドアから外に出ると、僅かな街灯に照らされた薄暗い通りを、ゆらゆらと光の玉が漂っていくのが見えた。

「どうします?」
「もちろん行くさ」

 二人はさらに光の玉を追って、通りを歩き始めた。南郊外の通りから北東に進み、夜は人気のない工場通りを通り抜けていく。光の玉は明滅を繰り返しながら、ゆらゆら、ゆらゆらと頼りなげにゆれていた。

「ミスティックの干渉がありますね」

 歩きながら、唐突にローゼルが呟いた。その表情には、先程までの怖れはない。

「魔術?」
「でしょうね」

 先程までの態度がなかったかのように平然としているローゼルに、ライハは思わず苦笑した。見つかったら烈火のごとく怒りだすのは目に見えているので、密かに夜闇に感謝する。

 しばらく追うと、東区の外れの通りに出た。工場や家屋の建物がまばらな通りの端に、光の玉がふよふよ集まっている。おそらく、あそこに術師がいるのだ。
 二人は警戒しながら、ゆっくりと術師に近づいて行った。近づくにつれ、光の中の人影がはっきりしてくる。小さな、子供のような影がふたつだ。

 二人が半径一メートルの距離まで近づいた時、片方の影が振り返った。それは見覚えのある顔だった。

「クロ!?」

 クロはかなり驚いた表情で、ライハとローゼルを交互に見つめた。と同時に、集中力が切れたからか、光の玉が一斉にふっと消えた。

「何してるんだお前、こんな時間にこんな……」

 ところで、と言いかけて、ライハはもう一人そこに女の子がいることに気が付いた。年はクロと同じぐらいか、少し下だ。女の子は大きなアクアブルーの瞳から、ぽろぽろ涙を落していた。

「……クロの、おにいさん?」

 か細い声で女の子がクロに尋ねた。クロは一度うなづいて、首をかしげて、もう一度うなづいた。

「先程の魔術はクロが?」

 ローゼルが尋ねると、クロがこくりとうなづいた。ライハはがしがしと銀色のざんばら頭をかきむしって、苦い顔をした。

「何がどうなってるんだかさっぱりわからん……何してたんだ、お前ら」
「あの、あたしがクロにお願いをしたの」

 女の子がクロをかばう様にそう言った。女の子の話では、クロと彼女はおととい友達になって、彼女がクロにホタルを見たい、とお願いしたらしい。しかしクロはホタルを知らず、ウェルズ家に一度戻ってホタルを教えてもらった。が、この付近には生息していないことも知って、なんとか魔術で再現しようとしたらしい。昨晩はミスティックが上手く干渉せず失敗し、今日はレイアに教えてもらった方法で試したのだそうだ。

 ライハとローゼルは顔を見合わせた。ホタル、というには大きすぎる光だった。見た事がないから仕方ないし、クロはまだ上手くミスティックの制御が出来ない。魔術が思うとおりにならないのも仕方なかった。

 申し訳なさそうにうつむくクロを、女の子がなぐさめている。しかし、止まらない彼女の涙に、よけいクロは悲しそうに顔を伏せていた。
 その様子に、ライハはふうと息をついて隣のローゼルをちらりと見た。視線に気づいたローゼルは瞬きをしてライハに返した。

「……ホタルが見たいなら、ここにエキスパートがいるじゃないか」

 落ち込む二人に、ライハがそう声をかけた。二人はうつむけていた顔をあげて、ライハとローゼルを見やる。ローゼルは自信たっぷりに笑みを浮かべると、すっと右腕を地と水平に伸ばした。

「炎を纏う儚きものよ、」

 ローゼルの呪文に呼応して、彼女の右腕に細やかな光の粒子が集い始める。

「今、我の前を照らせ。“蛍火の舞”」

 集った粒子を撒くようにローゼルが腕を一振りすると、小さな光の粒はふわりふわりと彼らの周りを舞い始めた。幻想的に明滅を繰り返し、周りを照らすホタルの光に、女の子はしばし呆然と見とれていたが、やがて涙を止めてふっと微笑んだ。

「よかった、これで、怖くない……ありがとう」

 彼女はそう言って、ふっとその場から光と共に消えてしまった。



「たっだいまー。やー参ったわ、急に仕事貰っちゃって帰れなくってさあ……なしたの」

 翌朝、白鹿亭に帰ってきたアニスは、ひきつった表情でいつもの丸テーブルに座る三人に思わず言葉を止めて尋ねた。明らかにローゼルは顔色が悪く、いつにもまして本を食いつくように読んでいる。クロはいつもの無表情がいささかぎこちない。ライハは何か言いにくそうにまごついた後、一つ、疲れたような息をついて答えた。

「なんでもない」


END


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